羊肉

A title image featuring Lamb (Sheep Meat) from my “ Winter Dietary Therapy” series. 冬の薬膳

このブログでは、季節に応じた薬膳食材をご紹介しています。

2026年2月4日(立春)〜3月20日(春分)の期間を『早春の薬膳』として、冬・早春・春におすすめの食材をご案内しています。

羊食文化の雑学

牧畜(羊)の歴史

羊は、肉・乳・皮・毛のすべてを利用できることから、古くから人間と共に生きてきた家畜です。羊を家畜とする文化は、およそ1万年前の新石器時代に、中東の肥沃な三日月地帯周辺で始まったとされています。

この地域には、羊の祖先とされる野生の草食動物「ムフロン」が生息していました。ムフロンは山岳地帯や岩場を軽々と駆け上がる能力を持ち、群れで暮らす動物です。人々はその中から性格の穏やかな個体を選び、捕らえて育てるようになりました。

Wild mouflon with large curved horns, considered an ancestor of domestic sheep.
The mouflon is a wild sheep still found in parts of the Middle East and mountainous regions, and is considered an ancestor of domestic sheep.

当初は主に肉や乳の利用が中心でしたが、ムフロンから家畜羊へと進化する過程で羊毛(ウール)利用が広がり、より毛密度の高い個体が選別されるようになりました。ウールが断熱性や吸湿性に優れた素材であることからも分かるように、羊は高温多湿の地域より、低温で乾燥した地域に適した生き物です。やがて羊を家畜とする文化は周辺の適した環境地域へと広がっていきました。

Diagram showing the spread of sheep pastoralism from the Middle East toward the Mediterranean, Central Asia, and northern regions.
Sheep pastoralism originated in the dry regions of the Middle East and spread westward, eastward, and northward to areas suited to sheep herding.

西へ:地中海沿岸のギリシャやローマへ
羊は神々への供物として用いられ、祝宴のごちそうでもありました。

東へ:中央アジアのステップ地帯へ
遊牧文化の核となり、羊は財産であり生活そのものとなりました。

南へ:北アフリカへ
砂漠や乾燥地でも生き残れる家畜として重宝されました。

オーストラリアやニュージーランドも羊のイメージがありますが、こちらは近代になってから。イギリス植民地時代(18世紀末〜19世紀)に導入されたもので、古代文化とは別枠です。

中国の羊食文化の歴史

中国では古くから、北方の遊牧民との交流を通じて、羊肉や乳製品、羊毛などがもたらされていました。1~2世紀頃に成立したとされる薬学書『神農本草経』には羊肉・羊脂が登場し、「身体を温め、虚を補う食材」と位置づけられています。当時の羊食は「北方(寒冷地)の滋養食」と認識されていたようです。

後漢が滅亡すると、中国はさまざまな国に攻め込まれて複数の国が並立し、隋によって統一されるまで約300年にわたって不安定な時代が続きました。その過程で、北部では遊牧民系の王朝が成立し、もともとの農耕文化と遊牧文化が融合。羊肉や乳製品が、支配層である北方系住民の食文化として定着していきました。

A flock of sheep grazing on open grassland, representing traditional sheep pastoralism.
In dry grasslands and highland regions, pastoralism based on grazing sheep developed, shaping a way of life centered on movement and wide open land.

唐代に入るとシルクロードを通じて西域文化が流入し、羊肉は国際都市・長安の宮廷料理やごちそうとして位置づけられるようになりました。薬物書『本草拾遺』にも「滋養強壮」の食材として記されています。

モンゴル帝国のフビライ・ハンが中国全土を支配し、中国王朝として元を建てると、羊文化はさらに深く中国の医食文化に入り込みました。モンゴルの宮廷食医が編纂した『飲膳正要』(14世紀)には羊肉・羊乳・羊脂が『温補・滋養』の食材として数多く登場し、遊牧民の実体験と中医学が当時強く結びついていたことが分かります。

このように羊肉は、中国において「日常の肉」というより、寒冷地の滋養食・強壮食として位置づけられ、体力を補う特別な食材として評価されてきました。

日本の羊食文化の歴史

日本で羊食といえば、北海道が思い浮かびます。

北海道の羊食文化は、古代から続くものではなく、政策を背景に生まれた近代的な食文化です。羊はまず「資源」として導入され、その副産物として羊肉食が定着していきました。

Domesticated sheep kept under human care, gathering closely in a flock.
Domesticated sheep live under human care and provide meat, milk, and wool, becoming deeply integrated into human life, unlike their wild ancestors.

明治時代初期、北方防衛を目的に北海道開拓が本格化しました。政府はロシアの南下に備え、北海道を実効支配するために開拓民を住まわせ、さらに近代国家づくりに向けた「西洋化の実験場」として欧米式の農業・牧畜を導入しました。

羊は食用ではなく、「羊毛」という資源を得るために導入された家畜でした。「寒冷で乾燥した気候、広大な土地、羊毛(ウール)の軍需、開拓民の集団生活」という条件は羊牧畜と相性がよく、羊毛生産業はみるみる発達しましたが、そこで課題となったのが役目を終えた老羊の扱いです。

輸送・保存技術が未熟だったこの時代、「じゃあ、食べるか」という発想から始まったのが羊肉食です。北海道で飼育されていた羊は、もともと食用を目的としたものではなかったため肉質は硬く、独特の香りも強いものでした。そこで、タレに漬け込み、高温で一気に焼き、野菜と一緒に食べる「ジンギスカン」が生まれました。これは臭みを抑え、大人数で手軽に食べるための合理的な工夫でもあったのです。

Slices of lamb and onions being grilled on a cast-iron jingisukan pan.
Jingisukan is a lamb dish from Hokkaido, where marinated lamb is grilled at high heat with vegetables, a practical method developed to balance flavor and ease of cooking.

なお、ジンギスカンという名前は日本独自の料理名です。大正〜昭和初期の大陸文化ブームで「チンギス・ハン」の知名度が高く、「羊肉=遊牧民=チンギス・ハン」という当時のイメージを重ねて名付けられたとされています(中央が盛り上がった丸い鉄鍋の形状から連想された、など諸説あります)。

戦後、化学繊維の普及により羊毛の需要が激減したあとも、羊食文化は北海道の郷土料理として残り続けました。一方、本州では明治以降すでに「関東の豚、関西の牛」という地域食肉文化が確率しており、安価なタンパク源としてはブロイラー(鶏)が台頭していたため、羊肉が代替肉として受け入れられる余地はありませんでした。

また、地元北海道では新鮮な状態で消費できたのに対し、当時の冷凍・輸送技術ではマトン特有の強い獣臭を抑えることが難しく、本州では「羊肉=臭くて硬い」というネガティブなイメージが定着してしまいました。

かくゆう私も、羊肉が苦手です。

羊肉のにおいを抑える工夫

羊肉特有のにおいの主な原因は、脂身に含まれる短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん)です。とくに「 4-メチルオクタン酸」や「4-メチルノナン酸」といった成分が加熱時に揮発して獣臭を生み出します。これらの脂肪酸は羊の加齢とともに蓄積されるため、ラム(子羊)よりマトン(成羊)のほうがにおいが強くなります。

羊料理では、このにおいを抑えるため世界中でさまざまな工夫が重ねられてきました。

  • クミンやガラムマサラのような強い香りで包み込む
  • ミントやレモンで脂っぽさを消して爽やかに仕上げる
  • 唐辛子や花椒で舌や嗅覚を刺激し、脂の旨味だけを強調する
ぬん
ぬん

クミンは羊肉に最も合うスパイスとされ、中東や中央アジアなどで広く使用されています。

うに
うに

イギリス・アイルランド地方のアイリッシュシチューはミントソースを添えるのが定番。羊の余韻をすっきりさせる効果があるそうです。

ぬん
ぬん

モンゴルでは、羊肉のにおいは「臭み」ではなく肉の旨味そのもの。新鮮な羊肉は「良い香り」がするものであり、スパイスでその香りを消すのはもったいない、という考え方があるそうです。

ジンギスカンのにおいを抑える工夫は?

日本のジンギスカンにも、科学的な「消臭の工夫」が巧みに活用されています。

Lamb meat marinated in sauce for jingisukan, served with sliced onions.
Marinating lamb before grilling helps soften its aroma and enhances savory flavors when cooked, a practical technique developed in Hokkaido’s jingisukan culture.

① 有機酸でにおい成分を揮発させる
りんごやレモンを加えたタレは肉のpHを下げ、加熱時ににおい成分を蒸気として逃がしやすくします。果実の爽やかな香りが獣臭をマスキング(覆い隠す)効果も発揮します。

② メイラード反応で香ばしい香りを付与
生の玉ねぎやりんごをタレに加えると、高温で焼いた際に糖分がメイラード反応(焦げ)を起こし、香ばしい香りを生み出します。また、これらの食材に含まれる酵素(プロテアーゼなど)が肉の繊維を分解してやわらかくする働きもあります。

③ 香辛料で嗅覚を「騙す」
生姜・にんにくの硫黄化合物や香辛料の揮発性成分は、嗅覚を刺激し、羊肉特有のにおいを相対的に感じにくくします。

福岡市で羊料理を食べるなら

羊肉は日常食として根づくことはありませんでしたが、流通や調理技術が進んだことで「専門店」という形で再登場し、現在では嗜好品として楽しまれる存在になっています。福岡にも美味しい羊肉が食べられると評判のお店がたくさんあります。

…とはいえ私は羊肉が苦手で、まだ実際にお伺いしたことがありません。そこで今回は食に詳しい友人に話を聞き、「ここなら、いつか行ってみたい」と思っているお店をメモ代わりにご紹介します。

オルドス家

モンゴル・オルドス地区の家庭料理が味わえる、本格的なモンゴル料理店。名物の「チャンスンマハ(羊肉の塩茹で)」は、日本ではなかなか出会えない一品です。
私がこちらに惹かれている理由は、馬頭琴の演奏会。友人がモンゴルの伝統衣装に身を包み、馬頭琴を聞きながらヨーグルトのお酒で乾杯している動画を見て俄然行ってみたくなりました。

店舗情報(2026年2月9日時点の情報です)

住所 福岡県福岡市博多区博多駅前3-7-9 
電話 092-483-1403
定休日 日曜
営業時間 18:00〜0:00
※変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。

ジンギスカン やなぎ

コスパ抜群のジンギスカン専門店。カウンター席のみの活気ある空間で、明け方まで営業しているそうです。友人のおすすめは 〆のうどん。 ジンギスカンの旨みが溶け出したタレに、うどんを絡めて食べるのが最高なのだとか。

店舗情報(2026年2月9日時点の情報です)

住所 福岡県福岡市中央区春吉2-2-11-103
電話 050-5592-6551
定休日 月曜
営業時間 火曜〜土曜18:00〜6:00 日曜・祝日18:00〜0:00
※変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。

じんぎすかん 羊の和

掘りごたつ席のある、落ち着いた雰囲気の大人の隠れ家。やわらかくクセのない羊肉を使用しており、辛味噌やにんにくホイル焼きなどトッピングも豊富なため、友人いわく「羊初心者にはいちばんおすすめのお店」とのこと。羊料理以外のおつまみメニューも充実しているそうで、私も最初に行くならここかなーと考えています。

店舗情報(2026年2月9日時点の情報です)

住所 福岡県福岡市博多区住吉3-5-2 
電話 092-271-3337
定休日 不定休
営業時間 月曜〜金曜・祝前日17:00〜0:00 土曜・日曜・祝日16:00〜0:00
※変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。

羊肉の薬膳効能

An illustration summarizing the medicinal properties of “ Winter Dietary Therapy: Lamb (Sheep Meat)” showing a lamb (sheep meat) image along with its nature, flavor, meridian tropism, and functions.
An illustration summarizing the herbal properties of lamb (sheep meat). Part of the winter therapy series, it clearly shows the nature, flavor, meridians, and main functions at a glance.

羊肉には「胃腸を温め、消耗した身体を補う」作用があるとされています。

中医学で詳しく解説すると…

薬膳における私の羊の考察

同じ羊でも、肉、足、胃、肝臓、血、心臓、腎臓、髄、肺、骨、乳──と使う部位それぞれが別々の性質を持ち、補う対象や目的も異なります。作用が強いからこそ細かな使い分けが必要となり、その経験の積み重ねが、ここまでの分類を生んだのでしょう。

羊は中国において、長らく「北方の強壮食材」として認識されてきました。それにもかかわらず、ここまで細かく薬膳に組み込まれ体系化されているのは注目すべき点です。これは、羊という食材そのものが優れていたのか、それとも羊を常食とする北方民族の強靭な体力や耐寒性が、あまりにも印象的だったのか。

おそらく、その両方だったのでしょう。

寒冷地で長距離移動を繰り返し、騎馬戦を戦い抜く遊牧民の身体を支えていた食材として、羊は強力な説得力を持っていました。歴史的に中国は何度も北方民族に支配されており、「あの体を作り上げている食材とは何か」という実践的関心が、羊を異文化食材から医食理論の対象へと昇華させたと考えられます。

(上記を前提として)羊肉の薬膳効能

このブログでは現代の日本で入手しやすい羊肉に焦点を当ててご紹介します。

羊肉は、体力が落ちているときや慢性的な虚弱状態を補う食材として位置づけられてきました。疲れやすい、寒さに弱い、消耗が激しい――そうした状態の身体を、内側から立て直す力があるとされています。

一方で、その作用は体質を選びます。
羊肉は消化が良いとはいえない部類の食材です。
脂質が多く、しかもその脂は融点が高く体温で溶けにくいという特徴があります。もともと脂を効率的に処理する体質ではない日本人の身体には、ミスマッチな食材だと言えるでしょう。

羊肉は『中(脾胃)を温める』性質が強いとされます。しかし日本人の場合、「胃腸は冷えているけど、消化力は保たれている」タイプは多くありません。実際には胃腸が冷えると同時に消化吸収能力も落ちてしまうことが多く、脂の多い羊肉は重く感じやすくなります。

また、もともと胃腸の熱がこもりやすい体質の人にとっては、温熱性の食材が粘稠便や口臭といった不調を招くこともあります。

ではどのような方に羊肉が向いているのでしょうか。
それは「今は元気だけど、これから消耗が予測される人」。寒冷地での生活や、冬場の屋外作業、長距離移動や体力仕事が続く時期などに、羊は頼もしい滋養強壮食となります。

騎馬で寒冷地を移動し続ける北方遊牧民や、過酷な環境で暮らしていた北海道開拓民にとって、羊肉は「いくつになっても体を動かし続けるための、現実的な食事」だったのでしょう。
腰や膝の冷え・だるさを和らげる働きがあるともされ、若いうちから取り入れておくことで、将来の備えになるとも考えられています。

なお、「胃腸は弱いけど、羊肉の効能は取り入れたい」という場合には、羊乳という選択肢もあります。独特の風味は好みが分かれるところですが、「温めて、補う」作用が穏やかに働きます。

おすすめの羊乳【北海道・美深町】ふるさと納税

羊乳(シープミルク)は牛乳に比べて水分が少なく、そのぶん栄養成分がぎゅっと詰まっています。タンパク質と脂質は牛乳の約1.5〜2倍。この圧倒的な濃さが濃厚な旨味として口に残るため、人によっては好き嫌いが分かれるところです。

ただし、この旨味はグルタミン酸などの遊離アミノ酸によるもの。濃厚さと旨味の相乗効果で、料理に少し加えるだけで深みやコクを生み出します。私もそのまま飲むのは苦手ですが、シチューやパスタ、キッシュなどに使うとまるでお店のような味わいに仕上がります。
羊乳は本場イタリアのカルボナーラに使用される「ペコリーノ・ロマーノ」の原料でもあります。パスタと相性が良いのも納得ですね。

「近くでは手に入らないけど、ちょっと試してみたい」という方には、ふるさと納税がおすすめです。北海道・美深町の返礼品には、羊乳・ヨーグルト・ゴーダチーズのセットがあり、羊乳製品を一度に体験することができます。販売元の松山農場さんの公式サイトも、ぜひあわせてご参照ください。

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おすすめの薬膳書籍

薬膳の効能は、書籍によって記載内容が異なることがよくあります。これは薬膳が、数千年にわたる人々の実践と経験の積み重ねで発展してきた学問だからこそ。そんなとき頼りになるのが『先人に学ぶ 食品群別・効能別 どちらからも引ける 性味表大事典 改訂増補版』。
複数の古典書をもとに、1184種類の食材が掲載されており、薬膳を実践するならぜひ手元に置いておきたい一冊です。


先人に学ぶ 食品群別・効能別 どちらからも引ける 性味表大事典 改訂増補版

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