梅雨の雑学
雑節の「入梅」
今日は雑節の「入梅(にゅうばい)」です。
雑節とは、日本独自の暦日で、季節の移り変わりをより分かりやすくするために設けられたものです。
古代中国では太陰暦(=月の満ち欠けを基準とした暦)が用いられていましたが、実際の季節と暦の間にズレが生じるため、太陽の動きを基準とした二十四節気や五節句が考案されました。
これらは日本にも伝わりましたが、それだけでは日本の気候や生活に十分対応できなかったため、日本の風土や実生活に即した季節の目安として「雑節」が生まれました。雑節には節分や彼岸、八十八夜などがあり、とくに農業と深く結びついています。
「入梅」と「梅雨入り」
雑節の「入梅」は「芒種(ぼうしゅ)の後の、最初の壬(みずのえ)の日」と定められています。入梅からの30日間が「梅雨」とされ、この期間を超えることを「梅雨明け」と呼びます。
一方、「梅雨入り」は気象庁が地域ごとに発表するもので、年によって異なります。
「梅雨」は、文字通り梅の実が熟す頃に訪れる雨期を指します。実際、この時期になると、スーパーでは黄色く熟した梅が並び、青梅にはなかったフルーティな香りを醸し出していますね。
五行(季節)の梅雨とは?
「春の薬膳」でご紹介したように、中医学では自然界や人体など森羅万象を「木・火・土・金・水」の5つの要素(五行)に分類し、これを『五行学説(五行説)』と呼びます。
五行 | 臓腑(五臓) | 方角(五方) | 季節(五季) |
木 | 肝 | 東 | 春 |
火 | 心 | 南 | 夏 |
土 | 脾 | 中央 | 土用または長夏 |
金 | 肺 | 西 | 秋 |
水 | 腎 | 北 | 冬 |
季節も五行に対応しており、「春(木)」「夏(火)」「秋(金)」「冬(水)」と分類され、残った「土」の要素は「季節の変わり目(土)」つまり「土用」となります。

「土」って、「残り物」の概念なの…?

違うよ、「方角」を見て!
「土」には「中心、中央」という重要な概念があるんだよ
五季を土用とせず「長夏(ちょうか)」とする考え方もあります。中国で夏の終わりに訪れる長雨の時期を指し、日本では6月〜7月の梅雨や、8月後半〜9月の秋雨の時期に当てはまります。
いずれの時期も、『脾』を労ることが養生のポイントとなります。
中医学の『脾』とは
『脾(ひ)』とは、西洋医学でいう「脾臓」とは異なり、消化吸収や栄養代謝をつかさどる機能全般を指します。

『脾』には『運化(うんか)』と『統血(とうけつ』という働きがあります
『運化』
『運化』とは、以下のような一連の働きの総称です。
① 胃や小腸で消化・吸収された飲食物を『脾』が『水穀精微(すいこくせいび)』という栄養分に変えます。これは飲食物から抽出した”栄養エッセンス”のようなもので、『気・血・津液』を生成する源となります。
②『脾』は『水穀精微』を『肺』や『心』に送ります。この働きは『昇清』と呼ばれます。

その後、『水穀精微』は『肺』や『心』の働きで『気』『血』となります

だから『脾』は『気血化生の源』と呼ばれるんだね
『統血』
『統血』とは、気の『固摂作用』によって、血液が脈外に漏れ出ないよう制御する働きです。
『固摂作用』とは、「体内の必要なものを本来あるべき場所にしっかり留めておく力」を指します。
この働きが低下すると、内出血や月経過多、不正出血が起こりやすくなります。
この作用には臓器を正しい位置に保つ機能も含まれるため、働きが低下すると胃下垂や子宮下垂など、内臓の下垂にもつながると考えられています。
『脾』の不調による症状
「さやえんどう」でも触れましたが、『脾』は『湿』を嫌います。
梅雨時期は外的要因による『湿邪』だけでなく、内的要因による『内湿』にも注意が必要です。
実は『脾』は『湿』だけでなく『冷え』にも弱く、お腹の冷えが『内湿』を生みやすくしてしまうのです。

なぜ梅雨時期はお腹を冷やしやすいの?
湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、体の熱が外に逃げにくくなるため、さほど気温が高くなくても暑く感じます。加えて、季節の移り変わり目で身体がまだ暑さに慣れておらず、つい冷たいものをガブ飲みしたり、エアコンや薄着で冷やしがちです。

なぜ『冷え』で『内湿』が発生するの?
『脾』の『運化』機能には、『水穀精微(=栄養エッセンス)』を『心』や『肺』へと『昇清』する働きに加えて、不要な水分を体外へ排出する働きも含まれています。
『脾』が『冷え』によってダメージを受けると、『運化』機能が低下し、水分がうまく排出されず、体内に滞ってしまうのです。この状態を『水湿内停(すいしつないてい)』と呼びます。
『水湿内停』では、むくみ、身体の重だるさ、頭重感、下痢などの症状が現れやすくなります。また、水のめぐり(津液の代謝)が悪くなると、めまいや頭痛を発症しやすくなります。
また『運化』機能も低下しているため、食欲不振や腹痛、腹部の膨満感(胃腸のガス溜まり・運動低下によるお腹の張りや苦しさ)といった不調も起こりやすくなります。
梅雨の薬膳のおすすめ食材
『湿』を取り除く食材
梅雨を元気に乗り切る養生のポイントは、身体にたまる余分な水分=『水湿』をしっかり排出することです。
雨が続くと部屋に湿気がたまるように、私たちの身体のなかにも余分な水分がたまっていきます。
『水湿』を放置するとやがて『痰湿(たんしつ)』に変化し、さまざまな病理を引き起こすため、早めに取り除くことが重要です。
『湿』を取り除くことを『袪湿(きょしつ)』と呼び、大きく分けて以下の4つの方法があります。
- 化湿(かしつ):湿を蒸発させる
- 燥湿(そうしつ):湿を乾燥させる
- 利湿(りしつ):湿を尿として出す
- 滲湿(しんしつ):ゆるやかに水分代謝を促す

顔のむくみ、頭重感、鼻水や痰などの症状がある場合は、身体の上部に水湿が滞っているサインです。この場合は『化湿』『燥湿』の食材がおすすめです。
さやいんげん、にんにく、唐辛子、からし、胡椒など。
ただし、辛味の強い食材を摂りすぎると身体に熱がこもりやすく、潤いを消耗してしまうため、適量を心がけてください。
芳香性のある『理気』の食材で『湿』を発散させるのもおすすめです。
紫蘇、らっきょう、玉ねぎ、陳皮、玫瑰花、ジャスミン、丁字(クローブ)、八角(スターアニス)など。
唐辛子(化湿・燥湿)と柚子(理気)を合わせた柚子胡椒は、梅雨時期にぴったりの薬味ですね!

足のむくみ、足腰の冷え、身体の重だるさ、軟便や下痢、尿が多く薄い、おりものが多く薄いなどの症状は、身体の下部に水湿が滞っているサインです。この場合は『利湿』『滲湿』の食材がおすすめです。
代表的な食材は、はと麦・とうもろこし・小豆。
これらはむくみ取りや利尿効果が高く、生薬としても使われています。
枝豆や白いんげん豆もおすすめです。
お腹を温める食材
『水湿』をしっかり排出することに加え、身体(とくにお腹)を冷やさないことも重要です。
この時期は、冷たいものだけでなく、生ものもできるだけ控え、温かく消化の良い調理法を心がけましょう。食中毒リスクが高まる時期でもあるので、加熱調理が安心です。
以下の食材には、身体(とくにお腹)を温める効能があります。
にんにく、唐辛子、からし、胡椒、山椒、紫蘇、生姜、わさび、ネギ、らっきょう、丁字(クローブ)、八角(スターアニス)、味噌、米麹、甘酒、黒砂糖、かぼちゃ、いわし、アジ、鮭、ムール貝、鶏肉、羊肉など。
例えば、冬瓜やきゅうりなどのウリ類、昆布や海苔などの海藻類なども『利湿』には有効ですが、生で食べると身体を冷やしがち。生姜やにんにくを加えてスープにするのがおすすめです。
『甘味』『淡味』の食材
『甘味』の食材
『五行説』において、『脾』に対応する『五味(酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味)』は『甘味』です。
そのため「長夏には甘味を積極的に摂った方が良い」と思われがちですが、これはおすすめできません。
甘味には「補う」作用があり、摂り過ぎると体内に『水湿』を生じやすくなります。とくに精製された砂糖や甘いお菓子、甘味+酸味をあわせ持つ果物(身体を潤す効果が高い)などは控えめにしましょう。
一方で、穀物、芋類、豆類、きのこ類といった甘味の食材であれば、食物繊維が豊富で腸内環境を整え、便通改善にも役立ちます。平性の食材が多く、お腹を冷やす心配もありません(※麦や蕎麦など、冷やす食材もあります)。
「どうしても甘味が摂りたい」という場合は、干し芋や干しとうもろこし、茹で小豆(砂糖は極力少なめに)などがおすすめです。
『淡味』の食材
「たけのこ」の記事でも触れたように、『五味』にはもう一つ、『淡味』が存在します。『淡味』は『第六の味』として扱われることもあれば、『甘味』に付随するものとして分類されることもあります。特徴としては、ほとんど味がなく(または非常にあっさりしている)こと、『利水滲湿(りすいしんしつ)』の作用を持つことです。身体を冷やす食材が多いので、お腹を温める食材と合わせ、加熱調理して食べましょう。
はと麦、冬瓜、白菜、湯葉など。
たけのこは『甘味』ですが、私は『甘味』に付随する『淡味』と捉えています。
関東から西では淡竹(九州では大名竹も)、東では根曲がり竹が旬を迎える時期なので、山椒と一緒に煮付けにするのはいかがでしょう?
おすすめの薬膳書籍
薬膳を実践していると、よくぶつかるのが「書籍によって効能の記載が違う」という問題です。なぜそんなことが起こるのでしょうか?
それは、薬膳が人間の経験の積み重ねによって発展してきた学問だからです。最初にまとめられた『神農本草経』をはじめ、今日に至るまでのおよそ3,000年(説によっては4,000年)もの間、たくさんの人が薬膳を実践し、自分の身体で効果を感じ取り、解釈し、時には新たな薬膳書を書き記してきました。いわば、今私たちが目にする書籍たちは、中国3,000年の実戦データの集大成と言えます。
そのため、ある本では「寒性」とされている食材が、別の本で「温性」と書かれていたり、「平性」とされているものが実は熱を冷ます作用を持っていたりすることもあります。そんなときは、古代から伝わる複数の書籍を参照することで、その違いの根拠が見えてきます。
こちらの書籍『先人に学ぶ 食品群別・効能別 どちらからも引ける 性味表大事典 改訂増補版』は、まさにそんな場面で頼れる一冊。
この本は、古典を含む複数の薬膳所に記載されている効能を一覧化しており、タイトルのとおり「食品群(穀類、野菜類など)」や「食材名」、「効能(解表、通便など)」から検索できる辞典です。収録されている食材は、なんと1,184種類!迷った時にすぐ調べることができ、薬膳を実践するなら手元に置いておきたい一冊です。
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