このブログでは、季節に応じた薬膳食材をご紹介しています。
2026年8月7日(立秋)〜9月23日(秋分)の期間を『残暑の薬膳』として、夏・残暑・秋におすすめの食材をご案内しています。詳しくは「季節ごとの養生」をご参照ください。
日本の香酸柑橘類について
橘(たちばな)
このブログのラストで毎回ご紹介している薬膳テキスト『先人に学ぶ 食品群別・効能別 どちらからも引ける 性味表大事典 改訂増補版』の果物の項目に、「たちばな」という食材が掲載されています。
この本では「たちばな」を香酸柑橘類(こうさんかんきつるい)として紹介し、スダチやカボス、シークワーサー、レモン、ライムなどを挙げていますが、日本には「橘=タチバナ(Citrus tachibana)」という、古くから自生するミカン科ミカン属の柑橘があります。『源氏物語』の「花散里」を象徴する植物として有名ですね。

現在も本州では静岡県以西、四国、九州の一部に自生していますが、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧(NT)に分類されており、食用果樹として一般に生産・流通する柑橘ではありません。
ちなみに中国にも「橘(jú)」と呼ばれる柑橘がありますが、Citrus reticulataという別の植物で、薬膳では「陳皮(ちんぴ)」の基原となる植物として知られています。
日本を代表する香酸柑橘類 橙と柚子
香酸柑橘とは、甘い果肉を食べるというより、主にその酸味や香りを利用する柑橘類を指します。
古くから日本で利用されてきたものとして、真っ先に思い浮かぶのは橙と柚子です。

橙(だいだい)
橙は、お正月の鏡餅に乗せる柑橘として知られています。実が熟しても木から落ちにくく、冬を越した実と新しく実った果実が同じ木に見られることがあり、その姿を「代々=子孫繁栄」に重ね、縁起物として用いられてきました。
西日本で広く栽培されており、なかでも全国有数の産地である静岡県では、伊豆地域の熱海などで橙が特産品として受け継がれています。強い酸味と爽やかな香りをもち、ポン酢などの加工品に果汁が使われるほか、果皮はマーマレードなどにも利用されています。
薬膳では「枳実(きじつ)」や「橙皮(とうひ)」の基原となる植物として知られています。
柚子(ゆず)
柚子は中国原産とされ、奈良時代頃までに朝鮮半島を経て日本へ伝わったとされています。
柑橘類は温暖な気候を好むものが多いのですが、柚子はその中でも耐寒性が強く、関東以北の寒い地域でも栽培されています。日本料理に欠かせない香りのひとつとなっているほか、冬至の「柚子湯」でもおなじみです。
中国では「香橙(こうとう/シャンチョン)」と呼ばれ、古くから食用・薬用として利用されてきましたが、現在も中国薬典に収載される陳皮や枳実とは異なり、現代の生薬としての位置づけはそれほど強くないようです。
日本各地のご当地香酸柑橘類
日本には、その土地ならではの香酸柑橘もあります。
先にご紹介したように柑橘類は温暖な気候を好むものが多いため、主に西日本や九州など温暖な地域によく見られます。
そういえば以前、東北地方に住む友人が九州を訪れたとき、多くの庭に柑橘の木が植えられていることに驚いていました。九州で暮らしていると、庭先に柚子や金柑、夏みかんなどが実っている風景はそれほど珍しくありません。

🍊大分県|カボス
柚子とクネンボ(マンダリン系の柑橘)の交雑から生まれたと考えられている、大分県を代表する香酸柑橘です。テニスボールより少し小さいくらいの大きさで、種が多く、果肉が黄色っぽいのが特徴です。
🍊徳島県|スダチ
系譜については完全には明らかになっていませんが、片方の親は柚子だと推定されています。ゴルフボールくらいの大きさで、種が多く、果肉が黄緑色っぽいのが特徴です。
🍊宮崎県・日向市|へべす
江戸時代末期、日向の長曽我部平兵衛氏が山中に自生する木を発見したのが始まりと伝えられています。「平兵衛さんの酢」から「平兵衛酢(へべす)」と呼ばれるようになったとされます。皮が薄く種が少ないうえ、果汁が多いのも特徴です。
🍊鹿児島県・肝付町・南大隅町|辺塚だいだい
鹿児島県の肝付町と南大隅町に古くから自生し、だいだいという名が付くものの橙(だいだい)とは異なる系統の香酸柑橘です。地元では「辺塚デデス」とも呼ばれてきました。果汁が豊富で酸味はやわらかく、ライムに似た独特の香りがあります。
🍊長崎県・長崎市|ゆうこう
長崎市の土井首地区と外海地区という限られた地域に、自生樹が確認されている伝統的な香酸柑橘です。地元で昔から「ゆうこう」と呼ばれているものの、名前の由来ははっきり分かっていません。甘みのあるまろやかな酸味が特徴です。
🍊沖縄県|シークヮーサー
沖縄の方言で「シー」は「酸っぱい」、「クヮーサー」は「食べさせるもの」という意味を持ちます。青い果実はキリッとした酸味に加え、独特のほろ苦さもあるのが特徴。冬から早春にかけて黄色く完熟すると甘みが増し、みかんのように皮をむいて果肉を楽しむこともできます。
🍊山口県・萩市など|長門ゆずきち
山口県萩市の田万川地域原産とされる香酸柑橘で、約250年前から栽培されてきたと伝えられています。皮が薄く種が少ないため、手で軽く握るだけでたっぷりの果汁が搾れます。
🍊高知県・四万十地域|ぶしゅかん・直七
高知県には柚子をはじめ、橙、ぶしゅかん、直七など、さまざまな香酸柑橘を食材や季節によって使い分ける文化が根付いています。こうした柑橘は「酢みかん」とも呼ばれ、高知の食文化を語るうえで欠かせない存在です。
「ぶしゅかん」は主に四万十地域で親しまれている香酸柑橘です。「仏手柑」と書かれることもありますが、手のような形をした黄色い実をつける「仏手柑(ブッシュカン)」とは別の、丸くて青い果実です。
「直七(なおしち)」は、広島県尾道市因島田熊町周辺で発見された柑橘ですが、現在は主に高知県幡多地域で栽培されており、正式名称を「田熊スダチ」といいます。「直七」という名前は、かつて魚商人の直七という人物が「魚にかけるとおいしい」と触れ回ったことに由来するといわれています。
🍊和歌山県・北山村|じゃばら
和歌山県北山村に一本だけ自生していた自然雑種の香酸柑橘。「邪気を払う」ほど酸っぱいことから「じゃばら」と呼ばれるようになったともいわれます。
🍊三重県・熊野市|新姫
三重県熊野市で発見された香酸柑橘。ほかの伝統的な香酸柑橘とは少し異なり、1997年に品種登録された比較的新しい品種ですが、現在では熊野市の特産品として栽培されています。直径3cmほどの小ぶりな姿から、新鹿町の「新」をとって「新姫」と名付けられたといわれています。
日本の食文化に香酸柑橘類が根付いた背景
文化的背景
冒頭で登場した橘(たちばな)は、古くから長寿や繁栄を象徴する木として大切にされてきました。『古事記』『日本書紀』には、田道間守(たじまもり)が常世の国から持ち帰った「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」が橘だとする話があります。冬でも葉を落とさず、一年中青々と茂る姿から、不老長寿や生命力と結びつけて考えられてきました。

また、柑橘は常緑で冬にも実が残るため、庭に植えると一年を通じて緑があり、冬には黄色や橙色の実が目立ちます。これは見た目にも明るく、家の庭木として相性がよかったのだと思います。
縁起が良く、姿や香りを楽しむこともでき、実がなれば暮らしにも役立つ。柑橘が庭木として親しまれてきたのも頷けます。こうして柑橘が暮らしの身近な場所で育てられるなか、やがて各地の気候に適したさまざまな香酸柑橘が選ばれ、受け継がれていったのではないかと考えられます。
実用的背景
私たちは普段、何気なく料理に柑橘を使っています。
焼き魚に、刺身に、鍋物に、酢の物やなますに、皮は吸い物や煮物の香りづけに。
日本の代表的な調味料といえば、しょうゆや味噌を思い浮かべる方も多いと思いますが、酸味も古くから日本料理を支える大切な味のひとつでした。

江戸時代の料理本33冊を対象に、酸味をつける調味料がどのように使われていたのかを調査した研究があるのですが、料理本に登場する酢の回数は、江戸時代全体では醤油をやや上回っていました。
さらに江戸時代前期に限ると、酢の登場回数は醤油のおよそ1.5倍。なかでも多かったのが、魚介類などを酢で和えた「なます」でした。

料理に酸味を加えてきたのは、米酢などの醸造酢だけではありません。身近に実る酸っぱい柑橘の果汁もまた、料理に酸味を添えるために使われてきました。
その名残をよく表しているのが「酢みかん」という言葉です。現在は「香酸柑橘」という呼び方が一般的ですが、地域によっては酸味の強い柑橘を「酢みかん」と呼び、果汁を調味料として利用してきました。高知県はその代表格ですね。
また、香酸柑橘の名前を見てみると、「スダチ(酢橘)」や「カボス(香母酢)」、「へべす(平兵衛酢)」といったように、酢と関係するものがあります。みかんのように果物として食べる柑橘とは少し違い、これらが「酸味を料理に加えるもの」として暮らしの中で利用されてきたことが、その名前からもうかがえます。
カボスの活用と、おすすめのかぼす商品
福岡県内にも「木酢(きず)」というご当地香酸柑橘があるようですが、50年近く福岡市内で暮らしてきた私も、一度も目にしたことがありません。福岡県朝倉郡筑前町、特に夜須高原周辺で栽培されており、筑前町の公式サイトでは「幻のかんきつ」として紹介されています。無農薬・無肥料で育てられている、かなり希少な香酸柑橘なのだそうです。
わが家で日常的によく使うのは、おとなり大分県のカボスです。大分県は全国のカボス生産量の約99%を占めており、旬の時期になると、福岡市内ではほとんどのスーパーで購入することができます。

『酒のほそ道(23巻)』にスダチのエピソードが出てきます。
焼きナスや手羽先の唐揚げに、主人公がスダチを遠慮がちに少量ずつキュッと搾るのにしびれを切らし、徳島出身の登場人物が豪快にギューッと搾るというエピソード。
著者のラズウェル細木さんも書かれていますが、青々とした香酸柑橘類が出回るのは、夏から秋へと季節が移り変わるほんのわずかな期間。ちょびちょび使っているうちに、すぐに黄色くなってしまいます。もちろん黄色くなっても同じように絞って使えますが、熟すにつれて甘みが増し、キリッとした酸味は薄れてしまいます。
まだ暑さが残る福岡の食卓に、爽やかな香りと酸味を広げてくれるカボスは、私にとってこの時期現れやすい夏バテの救世主。冷蔵用保存袋に入れて野菜室で保存すると長く楽しめるので、たくさんストックしています。焼き魚や鍋料理はもちろん、味噌汁や炊き込みご飯などにも贅沢にギューッと絞っています。

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【富士甚醤油】かぼす果汁
春から夏にかけてはハウス栽培のカボスが出回りますが、価格が高いためなかなか購入できません。リーズナブルに購入できる期間以外は、わが家では富士甚醤油さんの「かぼす果汁」を購入しています。

富士甚醤油株式会社は、大分県臼杵市に本社を置く、明治16年創業の老舗調味料メーカー。地元九州では「フジジン」の愛称で広く親しまれており、九州ならではの「甘み」と「旨味」が特徴のしょうゆや味噌を製造しています。
フジジンさんの「かぼす果汁」の原材料は、大分県産のカボス100%。これを使って作り置きするポン酢は、冬の水炊きに欠かせません。レシピは、以下の材料を煮沸した瓶に入れるだけ。冷蔵庫で1ヶ月ほど置くと味がなじんで美味しくなります。
・フジジン「かぼす果汁」 100ml
・酢 100ml
・しょうゆ 200ml
・みりん 大さじ2
・だし昆布 5cm角

ちなみに、あの有名なミツカンの「味ぽん」が生まれるきっかけとなったのは、博多の水炊きです。七代目・中埜又左エ門氏が博多を訪れた際、水炊きとポン酢の組み合わせに感動し、商品開発を始めたそうです。
カボス・スダチの薬膳効能

カボスやスダチなどの香酸柑橘類には「香りで気をめぐらせ、胃の働きを整える」作用があるとされています。
「五臓六腑」のひとつである「胃」は「通降(つうこう)をつかさどる」と言われています。胃の働きの特徴は「降」。飲食物を下へ送り込むためには、滞ることなく「通」じていることが大切です。
「通」の働きが失調すると、飲食物が停滞して胃もたれなどが起こり、「降」の働きが失調すると、本来下へ向かうはずの気が上に逆行し、嘔吐やゲップ、しゃっくりなどにつながると考えられています。
こうした飲食物の移動を支えているのが、「気」の持つ「推動作用(すいどうさよう)」です。
香酸柑橘類は香りで気のめぐりを促すことで胃の働きをスムーズにするとされ、食欲不振や消化不良、胃もたれなどに用いられてきました。
栄養学の観点から
カボスやスダチなどの香酸柑橘類には、ビタミンCやクエン酸が豊富に含まれています。ビタミンCは抗酸化作用をもち、クエン酸はエネルギー代謝に関わる成分で、どちらも疲労回復をサポートするとされています。夏の疲れが現れやすい残暑の時期にぴったりな食材です。
果皮には多数の揮発性香気成分が含まれており、果皮精油ではスダチから69種、カボスから77種の成分が同定されています。さまざまな成分が組み合わされて、あの爽やかな香りが構成されているのですね。主要な香気成分のひとつである「リモネン」にはリラックス・血行促進・消化促進などの作用があるとされています。
また、果皮に多く含まれるヘスペリジン、ナリルチン、ナリンジンなどのフラボノイド(植物由来のポリフェノール)には抗酸化作用があるとされています。大分県では、カボスを飼料に加えた「かぼすブリ」や「かぼすヒラメ」の養殖も盛んで、魚の変色や臭みを抑える効果などが期待されています。
香酸柑橘類のなかでも、シークワーサーの果皮には「ノビレチン」というフラボノイドが特に多く含まれ、血糖値や血圧の上昇抑制、脂質代謝の改善に関する研究でも注目を集めています。
おすすめの薬膳書籍
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